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聖アグネスおとめ殉教者   St. Agnes V. et M.      記念日 1月 21日


聖女アグネスの名は、今日までどれほど多くの人々の胸に清い思いを沸かしたか知れない。殊に若い女性の耳には天来の妙音とも響いたであろう。そして迫害にも屈せぬその信仰の堅さや剛毅の徳に就いては、聖アウグスチヌスや聖アンブロジオのように偉大な聖会博士等さえも、その著書の中に筆を極めて賞賛しているほどである。
 然し彼女に就いて伝えられている所は、その悉くが史実ばかりとは認められぬ。中には人々の想像から付け加えられた美しい物語もあろう。が、それもこのうら若い殉教者が、当時及び後世の信者の間にどれほど敬慕されていたかという証拠になるに相違ない。
 聖女アグネスの両親は門地高いローマ貴族であったが、共に熱心な聖教信者で、愛嬢にも細心の注意を以てキリスト教的教育を施したから、アグネスは少しも世の穢れを知らずに、さながら白百合のように生い立ち、たまたまその頃上流社会を風靡していた奢侈享楽の風を見ては、却って激しい嫌悪の情を誘われるばかりで、自分は終生童貞を守り、一身を天主に献げようと堅く心に誓ったのである。
 その中にアグネスが満13歳になると、早くも縁談の申し込みがあった。相手は言い伝えによればローマ市長の令息であったそうである。彼女は生来容姿端麗、つとにローマ人士の口の端に上るような美少女であった上に、家は由緒ある名門の貴族であったから、その求婚も何等怪しむに足らぬが、ただアグネスは既に身を天主に献げた者である。花婿とてはイエズスの他にある筈がない。そこで彼女は、「折角のお申し込みですが、私にはもう夫とすべきお方が定まって居りますから」ときっぱり拒絶してしまったのである。
 市長側ではその言葉を疑い、いろいろ調べている内に、彼女のキリスト教信者である事が知れた。で、市長はこれ幸いと彼女を法廷に召喚し、大人しく教えを棄てて息子の嫁になるか、さもなければ数々の責め苦拷問の後火炙りにして焼き殺すばかりだと脅かした。まだ年端もいかぬ少女であり、そう言って威嚇したら造作もなく折れるだろうと思ったのに、アグネスは案に相違して少しも恐れる色がない。棄教の印に偶像に焼香せよと手枷を外されると、彼女は相手の言葉に従う代わりに、その手を挙げて偶像の前の火に向かって十字架の印をした。その信仰の堅さには市長も舌を捲かずにはいられなかったと言う。
 最初の失敗に立腹した市長は、今度は彼女を魔窟に送ってその貞操を奪わせるぞと言い出した。これには流石のアグネスもいたく心を悩ますように見えたが、しばし黙祷してから市長に向かい、
 「貴方は私の体を傷つけ、血を流す事は出来ましょうが、この身は主イエズスにお献げしたもの、これを穢すことは決して出来ますまい」と答え、更に信頼に満ちたまなざしで天を仰ぎ、「イエズス・キリストは必ず私をお守り下さいましょう」と凛とした声音で言い添えた。
 さてそれからアグネスは、市長の言葉の如く魔窟に連れ行かれ、卑しい嫖客の座に侍らされたが、そのこの世のものとも見えぬ神々しい姿を見ては誰一人そばへ寄ることも出来ぬ。強いて無謀な一人が勇を鼓して聖女の体に触れようとすると、途端に空を掴んで悶絶してしまった。人々はこれを見て大いに驚き恐れたと伝えられている。
 思う事が皆いすかの嘴と食い違うので、激怒した市長は、今度は彼女を火炙りにすべく、火中に投じたが、その時も猛火は左右に分かれて、一心に祈っている彼女に何の危害も与えなかったのである。
 かように再三天主の不思議な御保護によって身の危難を免れた聖女は、ついに打ち首の宣告を受けて刑場に引かれた。花のようなおとめの処刑を憐れむ見物の人々は刑場の周囲に垣を築いたが、誰しもその幼児のようにあどけない有様を見ては、思わずも涙に袖を濡らさずにはいられなかったと言う。
 その中に悲しむどころか、さも晴れ晴れと嬉しげな顔をしているのは、当のアグネスただ一人であった。彼女は首切りの役人までがあまりの可憐さに刃を下しかねているのを見ると、「さあ、早く貴方のお役目を果たして下さい。人の目を引くこの肉身を切り倒して下さい」と促し、素直に清い雪のうなじをさしのべ、紫電一閃振り下ろされた剣の下に、まだ花も蕾のうら若い命を天主に献げて殉教したのである。
 聖アグネスの聖絵には、しばしば彼女が一匹の子羊を抱いている様を描いたものがある。これは彼女がその死後悲しみに沈んでいる彼女の両親を慰める為に、そういう姿で現れたという伝説によったのである。
 聖アグネスの墓の上には、今壮麗な聖堂が建っている。そしてそこの修道女等は毎年二匹の子羊を育て、その毛をローマ教皇に献げるが、大司教に贈られる袈裟(パリウム)はこの毛から造られるのである。

教訓

 清浄潔白を希う者は、聖女アグネスを在天の保護者と頼み、且つその麗しい鑑に倣う事を忘れてはならぬ。殊に若い女性には一層その必要がある。勿論万人が万人アグネスの如く童貞を守る義務がある訳では決してない。然しそれぞれの身分に応じて貞操を守ることは誰にでも必要である。故にしばしば聖アグネスの取り次ぎによって、その聖寵を祈り求めるがよい。